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ちょっと遅れたけど・・・ 

12月3日は、お婆ちゃんの命日。
'90年の12月3日。
肝臓癌だっけか。。。

僕は、翌'91年の4月に大学卒業するべく卒論真っ最中。
既にその一年以上前から癌で入院していたと思うから、いつかはその結末を迎えるとは薄々思っていた。
11月下旬だったかな、危篤の知らせを受ける。
卒論のチェックの面談だか何だかが入っていたのを、教授に事情を話してずらしてもらい、神戸から鳥取へ中古のMinicaですっ飛んで帰った。

もう混濁朦朧とし、誰が訪ねてきたかも判然としない意識の中で、何故か奇跡的に僕の事に気付いてくれたのを思い出す。
手をさすりながら、その変わり果てた姿を呆然と見つめながら「お婆ちゃん、お婆ちゃん・・・」と呼び続けた。
その夜は僕が輪番に割り込んで付き添い。

もう片足があちらに踏み出されているのは誰の目にも明らかだったけど、形ばかりの「小康状態」と表現され、僕としては学校に戻らなければならなくなった。
神戸へ。

その数日後、残念ながらお別れ。
僕はその場に立ち会えなかったけど、どうやら最後の言葉が「ごうくん」だったという話で、たまたま帰省したタイミングと混濁の隙間に偶然の刺激を与えただけなのだとは思うけど、それでも嬉しい形見だ。

僕が生まれたのが昭和43年(1968)、お婆ちゃんが生まれたのが明治43年(1910)。
元号は二つ飛んでいるけど、その年が同じ数だったから覚えている。
もう没17年経ってしまったのか。
とことんお婆ちゃんっ子だった僕ですが、どうでしょう、四十手前でそれなりに大人になってますでしょうか。


母親から「12月3日はお婆ちゃんの命日だよ、覚えてる?」というメールが来ていた。
お婆ちゃんっ子だったから、忘れるはず無い、大丈夫。
と、ここに記しておこう。



さて、明日は朝から大阪出張。
寝ねば!

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Comments

▼かわせみさん

お爺さま、残念でしたね、お孫さんに会えなくて・・・
大学生になって20年近く生きていようが、お爺ちゃんやお婆ちゃんから見れば、全然子供だったんでしょうね。
お小遣いの話で、何となくそんなことを感じました。

想い出

なるほど、ある意味、よい話ですね。

 私の場合、おじいちゃん子だったのですが、その祖父は私の子供を見るまでは死ねないと言っていました。しかし、私が大学へ入学して上京するのを見送ってからすぐに体調を崩し、7月には亡くなってしまいました。
 私が入院中に見舞いにいくと、いつものように小遣いをくれたことを、今でも覚えています。そして、同時に私がもっと小さかった頃の情景も思い出してしまいます。

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